太田さん家の手づくり洗剤 TOP / 太田兄弟の想い
太田さん家の手づくり洗剤を作ったのは、亡き先代 太田 強さん。
その三代目にあたる兄弟が、太田 雅巳・周平兄弟です。
今から、8年前(2000年12月)に亡くなりましたが、その当時は、兄弟とも全く別々の仕事に就いていました。
兄・雅巳さんは、小さい頃から、おじいちゃんの仕事姿に憧れもあり、何度も弟・周平さんに「一緒にやろう」ともちかけていたそうですが、周平さんはくびを縦には振らなかったそうです。
しかし、強さんの葬儀の日に、兄・雅巳さんからもう一度「一緒にやらないか」と声をかけたところ、「俺もそのつもりやった」と。
ようやくふたりが、この仕事を継ぐ時が訪れました。亡き先代の想いが、ここで実を結んだ瞬間ともいえます。
それからは、先代が残してくれたレシピを片手に試行錯誤の日々が続きます。
二代目である母にも、いろいろ教わりながら、製造し営業活動に回る日々…。
しかし、この固形洗剤は時代の流れから置き去りにされつつあったのです。
「もう、こんな手間隙かかる洗剤、作るのやめにしょう」どちらともなく、言い出す有り様。
一度は、製造中止の案内を得意先に配ったところ、「そんなん言われたら困る!」「今更他の洗剤なんか使えへん!」励ましやお叱りの電話がひっきりなしにかかることに…。
その時初めて太田兄弟は、この洗剤のすごさ、素晴らしさを実感できたといいます。
「おじいちゃんが苦労に苦労を重ねて作ったこの洗剤。絶対、もっといいもんにして、たくさんの人に喜んでもらおう!」兄弟で誓い合ったあの日を、今でも忘れてはいません。
これから先も、ずっと…。
兄・雅巳は言います。
「確かにこの洗剤作るのには、手間隙かかります。
他にもっと簡単に製造できる商品はいくらでもありますし、やろうと思えばいくらでもできます。でも、あえてこの洗剤にこだわりたいんです。
それは、一度使ってもらえれば納得してもらえるというこの洗剤の良さを、少しずつでいいんで、たくさんの方に知ってもらいたいからなんです。
朝の早い作業なんで、冬の製造は正直キツイです。夏は夏で、冷房のない工場なので汗だくになりながら、やってます。
何せ、京都は、ご存知の方も多いと思いますが、夏はメチャ熱いですし、冬は冬で、これまたムチャクチャ寒い(笑)
でも、使ってくれはったお客さんからの感想やメールを見せてもらったら、あーこの仕事やってて良かった〜、って思えるんです。ホンマに。
ですから、やめられません。いろいろ、これからも改良する点もありますし、何せ一生の仕事ですから…。たまたま、雑誌やテレビにも取り上げてもらいましたけど、それとは関係なく、地道に頑張っていきたいと思ってます。
それで、弟とも言ってるんですが、今度は先代が作ったこの洗剤に負けへんような商品を作ろうな!って」
弟・周平は語ります。
「兄貴と、この仕事やりだして、いろいろ意見の衝突もあるんですよ。
普段は仲のいい兄弟なんですけど(笑)兄貴は、どちらかといえば、外向きのタイプで、僕は中でしっかり管理するタイプなんです。
ですんで、お互いないものをもってるんで、それなりに普段はいいんですが、商品の開発のことやこれからのシロン石鹸のありかたなんかで、やっぱり意見がわかれることもあります。
でも、それもこれも、お互い良くしていこうという前向きな考えの中でのことなので…。
兄弟とも、やっぱり夢は大きくじゃないですけど、もってますね。
この洗剤にしても、僕はまだまだいいものにできると信じてます。
環境にこだわり、誰が使っても“この洗剤はNO.1”って言うてもらえるようにしたいです。そのための努力は惜しまないつもりでやってます。
原料メーカーさんとも頻繁に会って情報交換や試作なんかもしてます。
そういう努力があってこそ、先代みたいに、こんなすごい商品つくれるんやと、思ってますから…」